青天を衝け第19話「勘定組頭渋沢篤太夫」のあらすじと視聴後の感想。

青天を衝け第19話「勘定組頭渋沢篤太夫」のあらすじと視聴後の感想です。

渋沢篤太夫は一橋家の勘定組頭となり、一橋家の財政を立て直すために、銀札の作成や銀札交換所の設立などを行います。

現在の紙幣やクーポン券にもつながる銀札の発想は、私たちにも貨幣の価値というものを考えさせるものがありますね。

その一方、フランスと結んだ幕府が、薩摩や長州をつぶそうとしているという考えから、薩摩は完全に幕府を裏切りますね。

幕府の第二次長州征伐は失敗し、第14代将軍家茂も倒れた中で、侮幕・倒幕論は加速し、いよいよ大政奉還への糸口と繋がっていきます。

放送日:6月20日
視聴率:13.6%

先週は⇒青天を衝け第18話「一橋の懐」のあらすじと感想。

それでは青天を衝け第19話「勘定組頭渋沢篤太夫」のあらすじと感想を紹介いたします。

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青天を衝け第19話「勘定組頭渋沢篤太夫」のあらすじと感想。篤太夫の働き。

一橋の懐を豊かにするために、勘定方になった篤太夫。

産業を振興するために火薬の生産や、木綿などの特産品を売って経済力と財政を豊かにし、一橋家の力を高めようとします。

江戸時代の武士は自給自足と物々交換による経済を善とし、金を使った商品経済を悪とする傾向が強かったのですが・・・

(これは現在の日本でも『金は汚いもの』という考えを持つ人間が少なくないことにつながっています)

江戸中期から貨幣経済が浸透してきて、それを考慮した財政の立て直しが必要になったわけです。

『金は汚いもの』という考えにとらわれず、武蔵で藍染を売っていた幼いころの栄一の延長線上で、篤太夫は一橋家の財政を立て直していくわけですが、ほんと天職を見つけたものですね。

播磨の木綿

一橋家の領地であった播磨の木綿を『姫路藩と同じく、武士である一橋家が買い取ったということでイメージアップを図り、高く売る』

ということで『木綿のイメージアップ』を図ろうとする篤太夫です。

しかしながら疑り深い百姓もいて「役人は自分たちのために何もしてこなかった。今度もそうだろう」と拒絶されてしまいます。

単に財政再建をするだけなら、御用金を取り立てる(今の税金と同じですね)だけでも良かったと思うのですが、、、

五公五民の年貢と貨幣経済の浸透によって、生活困窮していた百姓も少ない中では難しいといえましょう。

『ゴマの油と百姓は、絞れば絞るほど出る』

と言ったのは、享保の改革で活躍した神尾義央だったといわれていますが、この辺りから幕府と領民との信頼関係が崩れていったように私には思えるのです。

銀札(藩札)の作成と銀札交換所の設立

銀札は現在の紙幣やクーポン券と同じで、発行者への信用があるからこそ成り立つ代物でした。

日本史上初めて紙幣が出されたのは「建武の新政」のころといわれていますが、その時は人々に信頼とありがたみはわかず、失敗に終わっています。

篤太夫が考えた銀札のシステムは、領民たちが作った農産物と藩札を引き換え、その藩札を使って本物の銀貨を手に入れるというものでした。

その銀貨を作る銀はどこから手に入れたのか、ちょっと気になるところではありますが、、、

篤太夫は現物や硬貨ではなく、紙幣の便利さと信頼性を取り入れてシステム作りに成功します。

一橋家の領地で銀札を銀貨と交換するシステムを監視するのみならず、銀札を作成するための印鑑を3組に分けるなどして、ニセ札の製造も防ごうというあたり、篤太夫の用心深さと知恵がよくわかるような気がするのです。

青天を衝け第19話「勘定組頭渋沢篤太夫」のあらすじと感想。幕府

フランスの技術と軍事力を吸収しつつ、コンパニ―(会社)を作って幕府の財政と経済力を回復させようとする幕府勘定奉行・小栗忠順。

しかしながら彼は野心家でもあるようで、「フランスの力を借りて幕府の財政と軍事力を立て直し、薩摩も長州もつぶして幕府が日本を支配する」

というたくらみで財政再建を進めていきます。

彼は有能でも、幕府のことしか考えていない一面があるように描かれていますね。

それが勝海舟の小栗評

「眼中ただ徳川氏あるのみにして、大局達観の明なし」

「小栗上野介は幕末の一人物だよ。あの人は精力が人にすぐれて、計略に富み、世界の情勢にも略ぼ通じて、しかも誠忠無比の徳川武士で、先祖の小栗又一によく似ていたよ。

あれは三河武士の長所と短所とを両方具えておったのよ。しかし度量の狭かったのは、あの人のためには惜しかった」

につながっていくと思うのです。

家茂と慶喜の苦悩

外国から見れば、

『日本は天皇がトップであり、天皇の勅許を取らないと、外国との条約は正式なものとして認められない』

ようですね。

当時世界最強の国とされていたイギリスは、何としても修好通商条約の勅許を取りたかったようです。

もちろん幕府も修好通商条約の勅許を取ろうとしますが、朝廷が邪魔をし、さらに朝廷は幕府の人事権まで口出しするようになっていきます。

ついには、『家茂は征夷大将軍を辞任せよ』とまで言われ、朝廷への政治力に欠ける家茂はその通りにしようとします。

何とか慶喜の手助けのおかげで、修好通商条約の勅許を取ることには成功しますが、幕府の権威が低下し、代わって朝廷の権威が上がっていく中での家茂と慶喜の行動は哀れさを感じさせます。

すでに幕府は、多くの旗本御家人を養うための経済力も軍事力もなかった。

小栗が何とか立て直そうとは考えていたようですが、砂上の楼閣のトップを引き受けることになった2人の重圧はいかばかりであったでしょう。

薩摩の動き

小栗より前に、五代才助がベルギーに行き、薩摩でもコンパニ―(会社)を創設して経済力を高めようと大久保に打ち明けます。

先ほど

『藩政改革に成功し、幕府以上の経済力と軍事力を手に入れた薩摩は増長し、幕府にとって代わろうとしている』

と書きましたが、関ヶ原の戦いで徳川家に敵対した薩摩・島津家は、考えてみれば幕府への忠誠心が元から薄かったのかもしれませんね。

この話では勝海舟は登場しませんが、薩摩の実力者であった西郷との面会の際

「幕府も薩摩もない、日本としてこの国はまとまっていく必要があるのに、幕府は無能で徳川家のことしか考えてない」

といったことも、薩摩が倒幕に傾く一因になっていったと思うのです。

2度目の長州征伐

2度目の長州征伐が、薩長同盟の締結もあって失敗に終わったこともあり、幕府の権威はさらに衰えていきます。

その中で家茂が病に倒れたことが、幕府軍の撤退の一因となるのです。

藩政改革に成功し、幕府も上回る経済力を持った薩摩が長州側についたことも痛手といえました。

今回の薩摩は、経済力が幕府を上回ったことによる増長と、

『小栗忠順ら老中が長州も薩摩もつぶそうとしている』という疑心暗鬼とで、倒幕に傾いたといっていいでしょう。

さらに幸か不幸か、長州に強い敵意を抱いていた孝明天皇も家茂に続いて亡くなっていくわけですが、そのことが幕府の立場をさらに弱めたことは想像に難くありません。

まとめ。

第14代将軍家茂が倒れ、一介の藩でしかなかった長州に幕府が破れ、幕府の権威はいよいよ衰退していきます。

その中で慶喜が最後の将軍につくことになり、一橋家の台所を務めた篤太夫も動揺していくのです。

慶喜のため、一橋家のためにと尽くしてきた篤太夫ですが、肝心の主君がいなくなることで、どのような葛藤が生まれてくるのでしょうか。

そして、慶喜が徳川将軍になった時の篤太夫の立場の変化はどうなるか、気になります。

次週は⇒青天を衝け第20話「篤太夫、青天の霹靂」

最後までお読みいただきありがとうございます。