天正10年と言えば、明智光秀が「本能寺の変」で織田信長に謀反を起こした年ですね。
2020年の大河ドラマ「麒麟がくる第44話」の最終回で描かれていました。
長谷川博之さんが演じる明智光秀の最後は最終回の脚本には入っていなかったですね。
意外なエンディングでした。
織田信長の死で関東の武士たちの勢力図は変わっていきます。
天正10年(1582年)は日本史の中でも一番ドラマチックではないでしょうか。
真田丸で描かれた「天正壬午の乱」とは?
壬午(じんご)とは、干支の19番目で、みずのえうま。西暦年を60で割って22が余る年が壬午の年となります。
直近では2002年でした。
甲斐、信濃を制していた名門武田氏が滅んだことで、その領土を巡り越後の上杉、相模の北条、三河の徳川が熾烈な争いを繰り広げたのです。
天正10年(1582年)3月~6月。
~撤退する織田家臣たちと徐々に動き始める周辺国~
3.29:信長による武田遺領の地行割りが発表
6.2 :本能寺の変
6.13:滝川一益が真田昌幸に上野沼田城を返還
6.16:真田昌幸が岩櫃城を確保
6.18:森長可が美濃国金山へと出発
6.19:滝川一益と北条氏直の両軍が神流川で激突。一益は箕輪城に敗走する。
6.21:滝川一益が小諸城入城
6.27:滝川一益、人質を連れて出発
6.28:滝川一益、木曽谷を通過。木曽義昌は人質を預かる。
天正10年(1582年)6月~7月の動き。
~いったん西へ行く家康と信濃で激突する上杉・北条~
6.11:北条氏政・氏直が本能寺の変を知る。
6.12:北条が軍勢を召集する。
6.14:家康が明智光秀討伐で鳴海へ出陣する。
6.19:家康が羽柴秀吉より明智光秀落命の知らせを受け、岡崎城へ帰還する。
滝川VS北条・・・神流川の戦い
6.末:上杉景勝が南下し、北信濃に出陣する。真田昌幸が上杉氏に従属する。
7.9 :家康、甲府に入る。
7.12:北条氏直が信濃に進攻し、佐久・小県郡をほぼ制圧する。
真田昌幸が上杉氏から離反し、北条氏に従属する。
7.14:北条軍は川中島へ軍勢を進め、千曲川で上杉軍と対峙する。
7.19:真田昌幸を残留させ、北条氏直軍が川中島から撤退する。
天正10年(1582年)7月~9月。
~越後へ撤退した上杉と大軍北条に寡兵で挑む徳川~
7.29:北条氏直が甲斐を目指して南下する。
家康高島城から撤退する。
8.上:上杉景勝が越後に引き揚げる。
8.1 :北条軍が諏方に進攻する。
8.8 :家康は甲府から新府城へ移動する。
8.9 :上杉景勝が春日山城を出陣する。
8.12:家康家臣の鳥居元忠らが黒駒で北条氏忠・氏勝軍を撃破する。
8.中:木曽義昌が徳川方に帰属する。
9.1 :上杉景勝が新発田城攻略を断念し、新発田茂家の追撃に敗北を喫する。
天正10年(1582年)9月~10月の動き。
~両軍とも厳しい状況を迎え、和睦締結へと向かう~
10.10:北条氏直、真田昌幸から手切れを通告される。
真田昌幸が佐久郡の北条方国衆を攻略する。
10.下:真田、依田軍が碓井峠を封鎖する。
10.29:徳川・北条両氏の和睦が成立する。
最後は、徳川・北条が和睦し乱は収まります。
まとめ。
本能寺の変は日本史の中で「もしも信長が生きていれば」を考えてしまう乱ですね。
歴史には「もし」がないのでその後の秀吉から家康に時代は移り家康になって平和な日本になるわけです。
その礎が「天正壬午の乱」だと思います。その歴史の一ページにも紹介されない内覧を脚本家・三谷幸喜はワクワク感いっぱいで描いてくれました。
大河ドラマの新時代ですね。
大河ドラマ俱楽部の管理人です。
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