麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」のあらすじと感想。意外なエンディング。
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放送:2月7日

総合視聴率:23.7%(タイムシフト視聴率を加える)

全話平均総合視聴率:20.2%

(参考:2019年いだてん:11.2%、2018年西郷どん:18.0%、2017年おんな城主直虎:17..3%)

 

麒麟がくる最終回(44話)の放送が終わりました。そのあらすじと感想です。(しばらくは麒麟ロスです。(笑))

 

戦国時代の最大なミステリー、クーデター「本能寺の変」は劇的に過去の大河とは違いました(涙)

 

「麒麟がくる」のスタート美濃編で戦災孤児の「駒」が若き光秀と出会うシーンがありました。

 

光秀が焼け落ちる家屋から一人の少女を救い出すシーンです。

 

駒は後にわかるのですが、光秀の父から救い出されていたのでした。戦争はいつの世も庶民を犠牲にします。

 

そして、最終回の駒は光秀らしい姿を京の市場で見つけ追いかけますが見失います。

 

その時代に普通に生活している庶民で女性の視点から見た戦争のない平和な国つくりをしてほしいと願う「麒麟がくる」でした。

 

さて、「平らかな世を作る」という志を持ち、「大きな国」を創ると約束してともに上洛した明智光秀と織田信長です。

 

その夢にあと一歩というところで、明智光秀はある決意をして、本能寺へと向かいます。

 

主従関係を超える絆で結ばれた信長を、なぜ光秀は討つことになったのか?

 

このミステリーの答えが最終回44話で解るのです。

 

先週は⇒麒麟がくる43話「闇に光る樹」のあらすじ(ネタバレ)と感想。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」のあらすじと感想。意外なエンディング。

先週の43話では、宿敵・武田家を討ち滅ぼした戦勝祝いの席で、徳川家康の供応役を務めた明智光秀です。

 

ところが、織田信長から理不尽な叱責があり、信長と光秀の溝がかなり深まったシーンで終わりました。

 

最終回44話では、さらに、追い打ちをかけるように、信長は光秀にある命令をするのです。

 

それは、

織田信長織田信長

義昭を殺せ

でした。

 

光秀は、

明智光秀明智光秀

殿は変わられた。戦のたびに変わってゆかれた

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。光秀と信長。

光秀は織田信長を本能寺で討ちますが、信長の亡骸は見つかりませんでした。

 

光秀と信長は同じ目標の「大きな国」創りを持って突き進んできた親友です。

 

しかし、度の過ぎた言動が目に余る信長を、光秀はなんとかいさめようと腐心します。

 

ところが、信長は冷たくこう言い放すのです。

織田信長織田信長

大きな世を作れとわしの背中を押したのは誰じゃ!そなたであろう。

そなたがわしを変えたのじゃ!

そして信長は、光秀にとって究極の命令を突き付けたのです。将軍足利義昭殺害命令です。

 

光秀は信長に「それだけはできない」と断ります。すると信長の顔は「また逆らうのか!」でしたね。

 

この時点で光秀はある決心をするのです。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。本能寺の変。

織田信長から下された命「義昭殺害」を受け入れられない光秀は、苦渋の決断をします。

 

明智光秀明智光秀

我が敵は本能寺にある。その名は織田信長と申す

と謀反を決起するのでした。

 

明智軍が本能寺門前に到着します。思えば第5話「伊平次を探せ」で若き光秀が訪れていた場所でしたよね。

 

光秀の謀反を知った信長の表情は

織田信長織田信長

であれば、是非もなし。

と予想はしていたのでしょうか?

 

それともまったく予想はできなかったのでしょうか?

 

まさかここに襲ってくる敵はいないと思っていたでしょう。信長の通常心理ですよね。でも親友の光秀が謀反を起こすのです。

 

織田信長も久しぶりに思いっきり戦います。しかし多勢に無勢です。信長は奥に引き下がります。

 

そして森蘭丸に

織田信長織田信長

わしはここで死ぬ。蘭丸、ここに火をつけよ。わしの首は誰にも渡すな。わしを焼き尽くせ

と命じます。

 

光秀が謀反者と言われたのは光秀が信長の首を晒すことができなかったからだと言います。

 

秀吉は「信長様は生きている」と噂を流していました。主君が生きていれば光秀は謀反失敗で織田家の敵になりますからね。

 

結果的に「信長の首」は見つからず明智軍は引き下がりますが、ドラマはここで「光秀のNA死に」となります。

 

本能寺から立ち上がる炎を見ている光秀の表情がなんとも切なく、炎の中での信長の死に顔が穏やかに見えました。

 

信長はこれで「織田信長」から解放されたのです。解放してくれたのは親友の「明智光秀」でした。

 

「麒麟がくる」の最終回(44話)はこの二人の表情がクライマックスだと私は思いました。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。光秀と藤孝。

光秀は織田信長の暴走を食い止める仲間の一人として細川藤孝がいました。と信じていました。

 

しかし藤孝は既にこの時点では秀吉と内通していたのです。秀吉に密書を送っていました。

細川藤孝細川藤孝

万が一に備えておくように

 

京の出来事を秀吉に報告していたのですね。藤孝は次の権力者は秀吉と踏んでいたのでしょう。

 

思い起こせば、藤孝は将軍足利義輝から離反しています。

 

義昭から信長へと乗り換えた際には

細川藤孝細川藤孝

私は気がついただけです。政を行なうには、時の流れを見ることが肝要だと

と言ってました。時の流れを見る眼力があったのでしょう。

 

光秀では天下は取れない、ならば秀吉はどうなのか?秀吉なら天下が取れるかもしれないと思ったのでしょう。

 

光秀はわかっていたのでしょう。細川藤孝が動かないことを、その確認が「覚悟」の会話で描いていました。

 

盟友藤孝の問いは

細川藤孝細川藤孝

覚悟とは何か

との質問に光秀は、
明智光秀明智光秀

覚悟とは、未来永劫続くものである

と応えていました。

 

この二人の会話ですでに藤孝の心を光秀は読んでいたのです。

 

藤孝が友情よりも家を大切にすることは分かっていましたからね。

 

そして皮肉なことに光秀の孫が細川家を代々守ってきました。

 

細川家は秀吉の時代でも家康の時代になってもそして昭和でも政の中心で生き活躍してきましたからね。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。光秀と菊丸。

光秀が各武将に文を書いています。もちろん徳川家康宛ての文もあったと思います。

 

そこに菊丸が現れます。流石忍びですね。そして菊丸に家康に伝言してくれと人生最後の頼みを託します。

 

家康に託した伝言は、

明智光秀明智光秀

わしはこの戦はしょせんひとりの戦と思うておる。ただ、この戦いに勝って後、なんとしても家康殿の力添えをいただき、共に天下を治めたい。

二百年も三百年も健やかな世が続く政を行なってみたい。もしわしがこの戦で敗れても後を頼みたい

この伝言で徳川家康が太平の世を作ることにつながるのでしょう。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。家康の伊賀越え。

菊丸は光秀の手紙を家康に届けることができたのでしょうか?

 

そのシーンはありませんでしたが、一瞬菊丸とテロップに「伊賀越え」が出ましたね。

 

徳川家康は無事に三河に帰れたのでしょう。光秀の意はこの後の家康の行動に現れてくるのです。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。光秀と重臣たち

光秀は伝吾と左馬助そして斎藤利三の3人の重臣に謀反の決意を伝えます。

 

我が敵は本能寺にある。その名は織田信長と申す

と。
信長を討ち、心ある者と手を携え、世を平らかにすることが自分の役目であると考える光秀は、天正10年(1582年)6月2日未明、軍勢を率いて信長のいる本能寺へと向かうのです。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。秀吉と黒田官兵衛

ただ今、秀吉、備中高松城を水攻め中・・・。と、何やら京の都でただならぬ事態が?!すわ、官兵衛ぇぇーー!

秀吉は細川藤孝からの文を読み、官兵衛に戦いを収めてすぐに京に戻る命令を出します。

 

一瞬ですが、濱田岳さんの黒田官兵衛が現れましたね。

 

この秀吉の命で黒田官兵衛が余裕を持って大返しの準備に入ることができたのです。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」のあらすじと感想。回想シーン。

本能寺の門に向かって馬上の光秀は過去を振り返ります。

 

妻・煕子との出会いそして別れ、煕子は「私は麒麟を呼ぶ者が、十兵衛様、あなたであったならとずっとそう思っておりました。」

 

松永久秀は「光秀、おまえが麒麟を呼ぶんだよ!そのためには、信長とは縁を切りなさい。」

 

足利義昭との出会いそして追放から再会。

 

再開後の文には「十兵衛となら、麒麟を呼んで来れるやもしれぬと。そういう埒のないことを思うたと。海辺で暮らしていると、そういう夢ばかり見るのだと」と書いてあったそうです。

 

正親町天皇の言葉は、「朕はこれまで数多の武士たちがあの月へのぼるのを見て参った。そして皆、この下界へ帰ってくる者はなかった。信長はどうか。この後、信長が道を間違えぬよう、しかと見届けよ」

でした。

 

そして、極め付きが帰蝶の言葉でした。「よろず、つくった者がその始末を成す他あるまい。」

 

麒麟がくるの光秀は従妹の帰蝶と一緒に織田信長を創り上げたのです。

 

ですので暴走した織田信長の最期は光秀が責任を果たす事だったのですね。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」のあらすじと感想。ラストシーン。

最終回(44話)は、山崎の戦いがスルーされていました。

 

光秀が死ぬシーンは麒麟がくるでは相応しくなかったかも知れません。

 

そして、本能寺の変の3年後、世は秀吉が関白になっていました。

 

信長との出合い、大きな国、ラストシーンは少し寂しい場面が多かったですね。

麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」の感想。駒は見た。

足利義昭を訪ねた駒さんが、義昭にある噂について話しをします。

 

駒

十兵衛(光秀)さまが生きておいでになるという、うわさがある。

と、場所は丹波の山奥と言ってました。

 

そして義昭と別れた後、市場で光秀らしき人物を見かけます。

 

残念ながら、駒さんは見逃してしまいまいますが、このシーンは「光秀生存伝説」を表現しているのですね。

 

私としては徳川家康とのつながりで「光秀天海説」を期待しましたが、さすがにその展開にはできなかったようですね。

 

さて、「青天を衝け」を見逃してしまった。録画も忘れてしまった。

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麒麟がくる最終回44話「本能寺の変」のあらすじと感想のまとめ。

とても静かなエンディングでした。ラストシーンは「光秀らしき武士」が馬で駆ける走るシーンで締めくくられました。

 

思い起こせば、「麒麟がくる」は出演女優の不祥事で撮り直しを余儀なくされ、当初予定より2週遅れてのスタートでした。

 

また、コロナ禍でロケ中止や放送休止となる大河ドラマ史上未曽有の事態に見舞われました。

 

それでも大河ファンの熱意は最終回の視聴率に現れてアクシデントを乗り越えての有終の美だったと思います。

 

光秀が叶えたかった「麒麟がくる」の世の中は現代の私たちの心の中にも生きていますね。

 

光秀の視点では、織田信長の暴走を止めるのは自分しかいないと思ったのでしょう。

 

信長の家臣たちももしかしたら「それが良い」と静観していたのかも知れません。

 

さて、光秀生存伝説は今でも残されています。

 

NHKの人名探求バラエティー「古舘伊知郎の日本人のおなまえっ!」で岐阜県山県市で生活している光秀の子孫という方たちを紹介していました。

 

もちろん明智は名乗れませんので、姓を「荒深」と改めてこの地で生活をしていたようです。

 

荒深の荒は家臣で光秀の影武者となった荒木から取ったようですね。

 

地元の荒深氏の子孫が応えていました。

 

「伝説に基づけば、光秀は現在の同市中洞地区の生まれ。山崎の戦いで命を落としたのは実は影武者で、光秀は郷里の中洞に落ち延びていた。

 

そして、影武者として身代わりになった家臣の荒木行信の忠誠に深く感銘し、荒木の「荒」と、深くの「深」を取って「荒深小五郎(あらふかこごろう)」と名乗り、中洞で暮らしたという。

 

その後、秀吉に関する情報を集めては徳川家康に流していたが、家康からの要請で1600年、関ケ原合戦に出陣。

 

しかし、戦場に向かう途中、増水した川で馬と共に流されて死去。

 

その遺体を埋葬したのが今に伝わる桔梗塚で、子孫とされる地元の荒深姓の人たちが、毎年4月と12月に供養祭を行い、光秀の功績をたたえている。

 

伝説は、最近になって”作られた”ものではなく、尾張藩士が残した1700年頃の記録にも見られるという。」

 

 

「麒麟がくる」は終わりました。結局麒麟を連れてきたのは誰だったのでしょうか?

 

私はやはり光秀だったと思います。

 

光秀が信長の暴走を謀反という形で止めましたが、このまま信長が暴走していれば戦国は長く続いたと思います。

 

そしてその後の征服欲は挑戦半島から中国大陸へと進んでいたでしょう。

 

秀吉は信長の意思を継いで朝鮮半島へ戦を仕掛けましたからね。

 

でも光秀の麒麟構想は徳川家康に引き継がれました。

 

家康は関ケ原の戦いを経て大阪の陣で豊臣家を滅ぼし平らなる世260年の江戸幕府の礎を創りました。

 

光秀が麒麟を呼び、麒麟は江戸幕府になって表れたのです。

 

ですが、令和時代に入り不安定な世が続き格差は益々広がっています。

 

今でも、麒麟がきてほしいと願う人は多いと思います。令和の時代に光秀の魂を受け継ぐ政治家が現れることに期待しましょう。

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