青天を衝けはいよいよ明治編です。

麒麟がくる第24話「将軍の器」のあらすじと感想。

「麒麟がくる」感想
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麒麟がくる24話「将軍の器」のあらすじと感想です。

放送:9月20日(日曜夜8時)

視聴率:13.1%

[char no=”5″ char=”光秀”]松永様は、京から追い出すだけだとおっしゃった。義輝様は決して討つなと![/char]

永禄8年(1565年)、京で一大事変が起こります。

病死した三好長慶の子・義継や松永久秀の子・久通らが率いる軍勢によるクーデターが勃発したのです。

『将軍のもとに』武士がまとまり、争いのない平和な世の中を目指そうとしてきた光秀です.

これには激しく怒り、松永久秀に銃を向けるような事態になってしまうわけですね。(久秀自身も将軍を暗殺したくない思いはあったようですが)

とはいえ、ことがここまで来てしまった以上、光秀も久秀も、新たなる将軍を見つけて武士たちの支柱を見つける必要に迫られていきます。

麒麟がくる第24話「将軍の器」のあらすじと感想。

この突然の二条御所襲撃により、13代将軍・足利義輝は、30年の生涯を閉じることになります。

将軍の座がぽっかりと空いてしまった室町幕府。

血筋から考えれば、次期将軍は義輝の弟で僧の覚慶(足利義昭)です。

しかし、覚慶のいる一条院は、すでに三好勢が取り囲んでいます。

松永久秀と明智光秀。

松永久秀と細川藤孝は、覚慶(足利義昭)を救出するべく、それぞれに動き出します。

一方、越前に戻っていた光秀は、義輝暗殺の知らせを受け、すぐさま大和にいる松永久秀のもとへと向かいます。

松永久秀は息子たちがしでかしたことの責めを負わねばならぬと、手に持っていた鉄砲を光秀に押しつけ、これで撃てと迫ります。

しかし、光秀は怒りではらわたが煮えくりかえっていても無抵抗の者を撃てるわけがありません。

そして、松永は光秀に「将軍の座が空いたままでは幕府は滅んでします」

武士に「幕府は必要」と口にするのです。

松永は武士の世は大きな曲がり角に来ているといいます。これからどう道を開くか?ここからが正念場であると・・

義輝暗殺に激する光秀の非難を受けとめつつ、松永久秀は朝倉義景から届いた文を見せます。

そこには覚慶が「将軍の器」であるなら、朝倉家でかくまう用意があると書かれています。

それを光秀に見極めてほしいという内容です。

松永久秀の思い。

鉄砲をくれた恩人であり、『平和な国の作り方』についても光秀に教えてくれた松永久秀。

しかしながら久秀自身の手違いで、光秀が尊敬していた義輝が暗殺されてしまったときには、光秀には無念の極みであり、久秀にとっても痛々しい出来事であったといえましょう。

久秀の許可も下りずに一介の浪人である光秀が久秀のもとに来てしまうという点や、

光秀が久秀に火縄銃を向けて、それをわざと外す時の轟音でだれも来ないという点など、

ちょっと強引な展開も多い気もしますが、わざと銃を外すあたりは、光秀の久秀に対する恩師としての思いが勝った結果なのかもしれません。

それで久秀は、「くれぐれも次の将軍を擁立する必要がある。血筋から言えば覚慶だが、その人間に将軍としての器があるのか。義輝にはなかったが、それを確かめてみるといい」

と光秀に諭すのです。

「祭りごとを行う上で将軍の権威は確かに必要、と半分思っているが、半分迷っている」

と久秀はこぼしますが、卑賤の身から身一つでのし上がった久秀が、そういった現実を目の当たりにするのも当然といえましょう。

そこは時代の変化の過渡期に生きていながら、高齢を迎えた人間の、難しいポジションなのかもしれません。

三大梟雄といわれている久秀も、人々の心をつかむのにどれだけ足利将軍に気を使ったか、想像には難くないでしょう。

「武士の世は、曲がり角に差し掛かっている。それをどう生きていくのか、おぬしもわしも正念場じゃ」

と言い切る久秀ですが、まさに戦国の世が佳境に来ているといったところでしょうね。

戦国時代は自由競争社会という側面も持っていて、由緒正しさや教養の高さよりも、体力・知力・経済力・人望・人脈、あるいは意志力がもてはやされた時代でもありました。

まさに既存の権威が崩壊し、新たなる実力者を模索する時代であったといえましょう。

麒麟がくる第24話「将軍の器」のあらすじと感想。京の駒。

京に戻ったは、伊呂波太夫が駒が作った丸薬が寺や神社で評判になり注文が殺到していました。

しかし、駒は大和で出会ったお坊さんが気になっていました。その方が次期将軍になる人物であるとはこの時点では解っていません。

当初から「駒の薬」を毛嫌いしていた東庵ですが、まさかここまで売れるとは思ってもいなかったのでしょうね。

もちろん駒にとっては本望極まりなかったのでしょうか。結構ここまでくると調合に大変なのは当然のことで、どうも忙しいご様子。

現代でも薬剤師さんのお仕事は忙しいですよね。

ところで、駒のところへ滞在していた伊呂波大夫のもとへやってきたのが、近衛前久。

もちろん駒にとって、関白はまさに雲上人であったといえましょう。

覚慶に会ったり関白に会ったりと、どうも一般庶民でありながら雲上人に会いすぎる駒ですが、

これから京の状況をどのように光秀に話すのか、そして、どのように光秀にアドバイスするのかがドラマの面白いところといえましょう。

伊呂波太夫と関白。

関白・近衛前久は三好からの14代将軍の要求に苦しんでその判断をしてもらいたく姉貴分の伊呂波太夫を訪ねてきます。

その迷いを太夫の意見で次の将軍が決まるのですね。

その言葉は、「伊呂波太夫関白・近衛前久も“武士”ではない」です。

近衛前久の関白とは?

平安時代に藤原北家が摂政・関白の座を独占したといわれていますが、関白は天皇政権のナンバー2であり、天皇を助けて政務を行う重要な役回りでした。

その1つが、配下である征夷大将軍を任ずる際の署名をし、関白・天皇の許可がおりたと証明することです。

室町幕府の将軍を選ぶ際も、関白の署名が重要だったため、それで三好の者たちは武力で近衛前久を脅し、自分たちの息のかかった足利義栄を征夷大将軍にしたかったわけです。

もちろん前久は、血筋から言っても覚慶を将軍に据えたかったようですが、伊呂波大夫に入れ知恵をされます。

「将軍は武家の棟梁。関白は天皇政権のナンバー2。考えてみれば関係のないこと。

もしそのことで争いが起きたとしても、武士は武士同士で勝手に争えばいい。武士同士争っていなくなれば、平和がくるではないか」

伊呂波太夫のこの言葉は、公家や天皇の意向を無視して政争に明け暮れる武士たちへの皮肉でもあったように私には思えます。

前久も義輝のいとこですから、やはり足利将軍家を放っておくわけにはいかなかったのでしょうけれど、これで決心がついた感じでしょうか。

もちろん『麒麟がくる』世の中はこの戦乱の世でだれもが望んでいたのでしょうが、あくまで政争をするのは権力争いをする武士であり、それには前久も飽き飽きしていたような気がしますけどね。

とにもかくにも、前久が関白として義栄を将軍に担ぎ上げるわけです。

麒麟がくる第24話「将軍の器」のあらすじ(ネタバレ)と感想。一条院覚慶。

大和を発った光秀は、甲賀の里にある和田の館で一条院覚慶と出会います。

覚慶はじーと光秀を見つめ、「死にたくない一心で大和を出てきたが、自分は兄・義輝のような強さも器量もない」

そんな人間が将軍になれるだろうか?

光秀はこの方が「将軍の器」として相応しいのか?迷いに迷っている様子でした。

光秀と覚慶。

『死にたくない』という覚慶の言葉は、人間ならば誰にでも持ちそうな言葉です。

けれども、同時に当時高僧であった覚慶は『殺したくない』という思いも強く持っていたのではないかと思われます。

6歳から跡目争いを避けるため、仏門に入っていた人間ならさもありなんなのでしょうが。

政治家としては一流ではないという評価が強い義昭です。ですが、人間としては人格者だったかもしれません。

非情な判断力が要求される戦国の政治の世界では、皆をまとめる対象としては向かなかったのかもしれません。

将軍になることの責務を恐れて興福寺へ逃げ出そうとするところとか、「私は人を殺したくもないし、死にたくもない」と初対面の光秀に言い切るあたりがそれを象徴していたものと思われます。

光秀が覚慶を『将軍の器ではない』と認めたのも当然のことだと思われます。

越前に戻る光秀。

光秀は朝倉義景の手紙に書かれている「将軍の器」について報告します。

その答えは「器」ではないと。その時の朝倉義景の表情がなんとも表現しにくいですよね。

義景は越前に義昭を預かるつもりだったのか?

光秀が京へ伸る時に「使える刀か、ナマクラか。明智十兵衛、おかしな男よのう」とセリフは、義景は光秀をただ者でないことを敏感に感じ取っています。

義景は光秀という逸材をとことん利用し始めようと考えていたようです。

でも光秀は義景をあまり信用していませんね。これからの二人の関係性がどのように変わっていくのかとても楽しみです。

24話「将軍の器」は足利義輝が殺され、一条院覚慶(義昭)は義景のいる越前に逃亡しますね。

朝倉義景の狙いは何なのか?今後義景は織田信長と対峙することになりますよね。

将軍の器。

光秀は義景に『覚慶は将軍の器としてはどうか』といいつつも『今はそれしか言えない』とも言った光秀。

もちろん第一印象としては、光秀は気弱な義昭に好感を持てなかったというのが本当のところだったでしょう。

万一任期途中で逃げ出さないかという不安もあったと思われます。

しかしながら、僧侶は悟りを開こうとする人間であるわけで、人格的にもできた人が多いともいわれています。

実際に三代将軍義満も八代将軍義政も出家しているわけで。

光秀の義昭に対する評は「死にとうはない」と繰り返すあたりが臆病と呼べるのか、慎重と呼べるのか、まだ判断できかねるというのが本音化と。

まとめ。

13代将軍・足利義輝が殺されて将軍職が突然空位になり、混乱を極める京の政です。

足利将軍が守護大名に討たれるというのは、室町時代の嘉吉の乱のころからありましたが、

足利将軍が配下の配下、つまり『また者』に討たれるというのはまさに前代未聞のことだったでございましょう。

由緒正しさなどの家柄や、学歴は全く意味をなさない社会になりかけているというのが、まさに物語の状況になっているといえましょう。

そんな中、光秀は気弱な覚慶を足利将軍に担ぎ上げることになるのですが、どのように担ぎ上げるのか、気になるところですね。

武士の世は今、大きな分岐点に立っています。はたして光秀らは、ここから道をどう切り開いていくのか・・・

将軍の座は覚慶なのか?それとも・・・

いよいよ25話は織田信長が登場し光秀を家臣にするセリフがありました。

将軍のいない政治の始まりです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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