青天を衝けはいよいよ明治編です。

麒麟がくる第35話「義昭、まよいの中で」のあらすじと感想。

「麒麟がくる」感想
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麒麟がくる第35話「義昭、まよいの中で」のあらすじと感想です。

放送:12月6日(日曜夜8時)

視聴率:12.7%

松永と筒井の戦は光秀の仲立ちによって避けられましたね。よかったですが、光秀には危険が迫っています。

[char no=”23″ char=”秀吉”]もはや殿は、公方様や幕府なんぞはどうでもよいのです![/char]

秀吉は、信長が将軍・足利義昭よりも、正親町天皇や朝廷との関係を強化していることを光秀に話しをします。

光秀は、[char no=”25″ char=”明智光秀”]武家の棟梁たる将軍が諸国の武家を従えてこそ、世が平らかに治まる[/char]とこの時になってもまだ同じ考え方だったでしょうね。

でも、光秀の不安が芽生え始めた瞬間だったかも知れません。

比叡山焼き討ちの件などで足利義昭は信長に愛想をつかしていることが分かり、自分は誰に仕えればいいのか迷い始める光秀です。

さて、覚恕が逃げ込んだ甲斐の国の武田信玄が前話のラストに登場しました。

麒麟がくる第35話「義昭、まよいの中で」のあらすじと感想。秀吉の話。

明智光秀は織田信長の命により、要衛の地である坂本に新しい城を築くことになりました。

「※要衝(ようしょう)=軍事・交通・産業のうえで大切な地点。」

秀吉は光秀に対して、尊敬のまなざしでみています。

秀吉と光秀。

木下藤吉郎(秀吉)が信長の書状を携えて明智光秀の舘に訪れてきました。のちに織田信長のもとで頭角を現すことになる2人です。

ですが、やはり土岐源氏の血を引く由緒正しい明智家と、卑賤の出から出た秀吉は、考え方が全く違うことが分かります。

足利幕府は源氏の血から出たものが由緒正しいものです。

その幕府を守っていこうとする生真面目な光秀と、卑賤の出で由緒正しい血筋でふんぞり返った輩に対する冷めた目を持つ秀吉の違いでしょうか。

木下藤吉郎(秀吉)は自分が尊敬する明智光秀に『戦と権力闘争に明け暮れる幕府とは手を切って、信長のもとに仕えないか』と遠回しに進めているようにも見えますね。

煕子と駒。

煕子はたまを連れて、東庵の家にいました。たまの傷はすっかり治って傷跡も残っていません。そこに藤吉郎の母が、明智の話をします。

ずいぶんべらべらと喋る秀吉の母「なか」だなあと思いましたね。

これまでの大河ドラマでは、出世していく秀吉を喜びながらも一抹の不安を抱えるような描き方が多かったと思います。

煕子が光秀の妻であったり、が光秀と仲が良かったりしているのを知ることもなく、光秀が多くの幕府家臣からねたまれていることをしゃべる「なか」です。

煕子も駒も、このことを聞いて危機感を抱くことになるのですね。

麒麟がくる第35話「義昭、まよいの中で」のあらすじと感想。義昭のまよいとは?

足利義昭自身には卓越した政治力もカリスマ性もなかったがゆえに、人が集まらないことへの焦りなのでしょう。

義昭は政治家としては二流三流だが、人間としては人格者ではあったと思います。

でも、『貧しい人を救いたい』という理想は高くても、そのための人が集まらないことの嘆きが義昭の迷いの中にあったような気がします。

義昭と駒。

足利義昭は気が立っています。もまた口調が激しく義昭を攻め立てています。

義昭は光秀の力を封じるべく妻子を人質として京に留め置こうと画策していました。それを知った駒は、

[char no=”34″ char=”駒”]それでは光秀が離れていってしまいますよ[/char]

と義昭を取りなそうとします。

義昭は、[char no=”28″ char=”足利義昭”]

幕府を動かしているのは摂津であり、摂津らが離れれば孤立無援になる、摂津に優柔不断だととがめられても言い返せない己が情けない[/char]と取り乱してしまうのです。

自分の優柔不断ぶりを嘆き、『首を絞めてくれ』とに懇願する義昭は、そんな自分の無力ぶりを嘆く象徴なのではないでしょうか。

足利義昭を演じる滝藤賢一さんのやや壊れているともとれる、鼻水までもたらした演技がそれを物語っている気がします。

仏罰をも恐れず、比叡山をためらいもなく焼き尽くす織田信長には、古い家と幕府で育った足利義昭にとっては脅威以外の何物でもなかったと思われます。

摂津の計らいで諸大名に文を送らなければ、信長への対抗勢力はできません。

と義昭が貧しい人を救うために集めた金は、すべて鉄砲に変わってしまうのです。

駒と伊呂波太夫。

架空の人物だけあって、水面工作を得意とする伊呂波大夫です。というか駒も、薬がヒットしているとはいえ、よくこれだけ金があると思いますね。

駒は明智光秀の暗殺計画を知って阻止するために太夫の力を借りにいきます。

光秀、襲われる。

明智光秀は足利義昭主催の茶会に招かれていました。

[char no=”20″ char=”細川藤孝”]きょうの茶会にはお出にならぬが良い・・・[/char]

と会場に向かう途中で細川藤孝から呼び止められるのです。

打倒信長を掲げる摂津晴門率いる一派は、幕臣でありながら信長の重臣である光秀を亡き者にしようと計画していました。

光秀はその計画を細川藤孝から当日の会場で聞かされるのですが、光秀は命が狙われるいると聞くも意を決して茶会に突き進んでいきます。

その時、刺客たちの刃が、摂津の放った刺客が光秀を襲います。

覚悟したかのように義昭のもとへと行き、[char no=”25″ char=”明智光秀”]摂津ら古きものを捨て去る良い区切り[/char]と進言しますが、義昭は

[char no=”28″ char=”足利義昭”]言うておくぞ。信長とわしは性が合わぬ。会ったときからそう思っていた[/char]と言い放すのです。

光秀の行動は、摂津とは相いれない存在に前々からなっていました。失脚させるならまさにこの時がチャンスと見たのでしょう。

足利義昭が暗殺の場である茶会の席にいるということも、摂津の非道を訴えるまたとない機会であると見たのでしょうね。

35話の見せ場でしたね。

摂津の最期。

摂津が光秀の暗殺を画策している事実を知っても光秀は、将軍義昭の部屋に突き進みましたね。

[char no=”25″ char=”明智光秀”]将軍が中心となって世を治めるべきである[/char]と考えています。

摂津の光秀暗殺計画は失敗します。太夫が細川藤孝に知らせたのが幸いでした。藤孝の軍勢が摂津を捕らえました。

摂津は死んだわけではありませんが失脚することになりましたね。自業自得ですよね。

史実の摂津は生没年不詳で、翌年に足利義昭から朝廷への使者を務めていたことが確認されているのですが、そのあとは摂津の名を記した記録がありません。

また、永禄の変で足利義輝が暗殺されたときには、摂津の長男である糸千代丸も殺されているので、摂津も結構苦労したと思われます。

麒麟がくる第35話「義昭、まよいの中で」のあらすじと感想。三条西真澄登場。

三条西真澄は、のちに光秀の盟友・細川藤孝に古今和歌集の口伝をしたとされる人物です。

ですが、三条西真澄と光秀の間に史実でも接点があったかどうかはわかりません。

ただ、光秀の娘の玉の子孫が孝明天皇であることや、本能寺の変の後、光秀が逆臣でないことを積極的に働きかけたことを考えると、天皇に気に入られる何かがあったものと思われます。

光秀と三条。

実際に明智光秀が三条西にあったかどうかはわかりませんが、土岐源氏の子孫で教養も高い光秀は、公家とも話が合ったものと思われるのです。

そしてその公家のつてで、天皇と会うことになるのですから、何が幸いするかどうかわかりませんね。

まとめ。

35話では幕府を思うがままにせんとたくらむ「摂津晴門」と幕府は武士の棟梁と未だに思っている「明智光秀」の戦いでしたね。

摂津は古い組織を利用し生き延びようとしています。光秀はその古い組織を再生し変えようと思っていました。

しかし、信長や後に関白になる秀吉の頭には古い体質の組織は無能であることを肌感覚で感じ取っていたのですね。

摂津以下、幕府の政所が光秀暗殺失敗により全員失脚になります。

ただ、明智光秀にとっては結構不安を覚えることになります。足利義昭が武田信玄を新たな旗頭に担いで、ついに信長に反旗を翻すようですね。

こうしてみると摂津の策略は後にまで響いています。

光秀はついに坂本に城を作りつつも、義昭とはどのようにたもとを分かつことになるのか、それが非常に気になります。

結局は松永の指摘通りになってしまったような気もします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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