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小日向文世が大河ドラマ2016年「真田丸」で演じた怖い秀吉を見る。

2016年真田丸

大河ドラマ2016年の真田丸で小日向文世さんが演じた怖い「秀吉」をもう一度見ませんか?

小日向文世が演じた豊臣秀吉 は、歴代の秀吉像の中でもとりわけ「怖さ」が際立つ存在でした。

人懐っこく陽気で、誰とでも笑顔で言葉を交わす一方、その奥には常に相手を試し、値踏みする鋭い視線がありました。

従来の大河で描かれてきた秀吉が、情熱や才覚で人を引っ張る“カリスマ”だとすれば、『真田丸』の秀吉は、空気を支配し、知らぬ間に主導権を握る“支配者”でした。

小日向文世は声を荒げることなく、柔らかな物腰のまま恐怖を漂わせ、真田昌幸や信繁さえ翻弄していきます。

その笑顔が優しければ優しいほど、背後にある計算と冷酷さが際立ちました。この秀吉は、好かれる存在でありながら、決して油断できない男です。

だからこそ再び観返すと、何気ない一言や沈黙の意味にゾッとさせられ、どうしてももう一度確かめたくなるのです。

笑顔のまま、人を追い詰める、小日向文世が演じた秀吉。それは、優しさの奥に潜む、静かな恐怖です。

\真田丸。この秀吉、もう一度確かめずにはいられない。/

真田丸を見る。

先ずは真田丸のオープニングテーマをお聞き下さい。

小日向文世が出演する2016年「真田丸」。

小日向文世の「真田丸」登場は大阪編からで、すでに天下統一を果たし権力者として大阪城の主としている豊臣秀吉です。

真田信繁の最大でもっとも活躍したのは1614年に始まった「大阪の陣」ですので信繁(幸村)が豊臣秀吉に惹かれていく場面が必要だったのでしょう。

脚本は2004年の「新選組」を担当した三谷幸喜さんで真田丸は2作目です。

小日向文世さんのキャラを三谷幸喜さんがどのように描いたのか?ぜひ再視聴して下さい。

真田丸出演が決まった時に小日向文世は、NHKの出演者発表のコメントで、「一番印象的な大河は太閤記の緒方拳さん」と述べていました。

これは大河ファンなら誰もが納得しますよね。

それから、51年後、三谷幸喜氏がこれまでにない真田丸を作り、その真田丸に小日向文世が出演することは感無量と語っていました。

小日向文世が演じる秀吉の登場シーン。

さて、秀吉は、木下藤吉郎→木下秀吉→羽柴秀吉→豊臣秀吉と出世と同時に名前を変え、農民の倅から天下統一を成し遂げ立身出世を成し遂げました。

しかし真田丸の秀吉は天下は既に手に入れ総集の段階から登場します。真田信繁の目を媒体(三谷幸喜さんの脚本)とした秀吉像です。

人間が本来持っている二面性「権力者が持つ笑顔の陽」と、「冷酷な陰」を三谷幸喜さん秀吉で表現したのです。

そしてその役を見事に小日向文世さんは演じました。

今まで表現したことがない歴代の秀吉が2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の中に存在しています。

秀吉の人間味や弱さを、特に農民であったという背景が、どのように影響を与えたのか丁寧に描かれています。

視聴者にとって、これまでの秀吉像とは一線を画す新たな解釈が、秀吉に対する理解を深める要因となりました。

ここでは14話と15話の秀吉像をまとめました。

真田丸14話、「大阪」の秀吉。

2016年4月10日放送。
視聴率17.1%

天正13年(1585年)のストーリーです。第一次上田合戦で信繁の妻・梅が亡くなり信繁は上杉の人質になっています。

そこに秀吉から上杉に上略の書が、信繁は大阪城で秀吉と破天荒な出会いをします。

天正13年11月末、未曽有の大地震が近畿・中部地方を襲ったのです。秀吉は被災地の復興を最優先とし、徳川との戦は立ち消えになりました。

本能寺の変で織田信長が横死したのち、織田家中を掌握した秀吉は、この天正13年に関白宣下を受け「天下人」と呼ばれるようになります。

各地の大名に上洛を求めて忠誠を誓わせていました。

天正14年を迎え、秀吉の上洛要請にまだ応じていない大名は相模の北条氏政、氏直父子、越後の上杉景勝、駿河の徳川家康、そして大名でもない真田昌幸でした。

そしてこの年、真田信繁(幸村)茶々(淀殿)と劇的な出会いがあるのです。

真田丸15話、「秀吉」の秀吉。

4月17日放送
視聴率18.3%

天正14年(1586年)のストリーです。週タイトル「秀吉」で天下人の二面性を描いています。

陽としての秀吉の描き方は、遊郭の吉野太夫を口説いているシーンです。又、妻や家族と現代風に言えばバーベキューの場で寧を抱きしめている秀吉です。

政治家の顔は、酒の席で福島正則の升と秀吉の升を見比べて、検地(太閤検地)の統一デッサンを思い描きます。

升を見比べる洞察力その目が政治家の顔です。そして真田昌幸、信繁の父に対する激怒も描いています。

ついでに源次郎(信繁)の器も試します。(とっさにですが・・)しかし、秀吉のジャレ言を交わす頭の回転の良い信繁がそこにいます。

「酒も良し、肴も良し、おなごも良し」と、そして信繁は秀吉にいや三成にも好かれます。

最後は、「真田を上杉から離させ、徳川に恩を売る」これも政治です。極め付きの演技、秀吉の「陰の姿」を信繁は見てしまいます。

茶々が天正カルタの席で馬廻衆の源三に楽し気に視線を交わしている場面で秀吉が凍り付くような目をしているのを見てしまいます。

この場面、とても怖いです。

小日向文世が演じる秀吉の怖さ。

『真田丸』で小日向文世が演じた秀吉の怖さは、怒鳴ったり威圧したりする類のものではありません。

常に柔らかな笑顔を保ち、相手の話にうなずきながら、気づけば主導権を完全に握っていました。

その“距離の詰め方”こそが最大の恐怖でした。

真田昌幸や信繁に向ける親しげな言葉の裏で、秀吉は相手の弱点や欲を正確に見抜き、逃げ道を一つずつ塞いでいきます。

善人にも見える振る舞いと、非情な決断が同居しているため、次に何をするか読めません。

この「怒らないからこそ怖い秀吉」は、権力者の本質を突いた秀逸な人物像だったと言えるでしょう。

秀吉の上略命令。

全国の大名に服従を求めています。信繁が人質になっていた上杉景勝にも秀吉の腹心・石田三成を通じて上略要請がきました。

信州の豪族、国衆である真田家の力を高く評価し、大名でもない真田昌幸にも上略の要請をしていました。

上杉の人質になっていた信繁を厚遇し、また豊臣の人質として真田との関係を強化する秀吉です。

真田家の所領をめぐる争いを口実に北条氏を滅ぼし、ついに天下統一を成し遂げます。

  • 生誕 天文6年2月6日(1537年3月17日)
  • 死没 慶長3年8月18日(1598年9月18日)
  • 妻 正室:浅野長勝の養女・高台院
  • 側室:浅井長政の娘・淀殿

秀吉の名が最初の史料で確認できるのは、28歳の時です。それまでは謎に包まれています。

大河ドラマで「歴代の秀吉」を演じた俳優一覧。

まとめ。

大河ドラマで安土桃山時代の戦国時代を描くときの必須は「豊臣秀吉」の登場ですね。

ただ、放送する時代によって変わるのか?脚本家のイメージで変えるのか?は解りません。ですが、真田丸の秀吉はすでに「大阪城」にいる秀吉です。

そして、私がもっとも印象的なシーンはその老いた秀吉を演じる小日向文世さんが大阪城秀吉の部屋で最期を演じるシーンです。

豪華な部屋ですが、緊急の時の鈴に手が届かず一人で静かに眠るシーンは権力者・秀吉といえども寂しい限りです。

小日向文世の演技力は、秀吉像を際立たせ、独特の視線や表情、声色を駆使し、秀吉の心の内を巧みに表現しました。

戦略を練る冷静さと、家族や部下への愛情との間で揺れ動く感情を見事に演じ分けました。視聴者は小日向さんの演技を通じて、秀吉の人間的な側面に触れることができたと思います。

コメント

  1. […] 真田丸のキャスト豊臣秀吉 […]

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