大河ドラマ「真田丸」のキャスト石田三成は山本耕史。
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真田丸のキャスト石田三成は第14話の「大阪」から登場します。

 

上杉景勝はやむなく上略する事になります。越後を出発し日本海に沿って進み加賀に入った時に秀吉の腹心・石田治部少輔三成の出迎えを受けるのです。

大河ドラマ「真田丸」のキャスト石田三成は山本耕史。

秀吉は天下統一に向けて全国の大名に服従を求めていました。

 

上杉景勝は決して秀吉には屈しないと言いながらも信繁を連れて上略するのです。

 

石田三成が歴史に残ったのは豊臣秀吉に仕えたから、だから力を発揮することができたのです。

 

石田三成は豊臣家と共に生きてきた武将、いや管理職か?いやいや筆頭秘書役か?そんな存在だったのではないでしょうか。

 

秀吉の知恵袋で策士家、とても頭が切れる事務方の武将です。その策士家が知謀では同類の真田昌幸とどのように接していくのでしょうか?

 

キャスト石田三成の登場は第14話からで大阪城で秀吉の脇にいるシーンからです。

 

まさしく秀吉に寄り添って生きている三成の登場シーンです。

 

そのキャスト石田三成を演じるのは、山本耕史さんです。

 

三谷脚本の大河ドラマでは、2004年の「新選組」土方歳三以来12年ぶりの出演です。

 

この時の堺さんはキャスト山南敬助を演じていました。

 

真田丸の真田信繁と石田三成、両キャストの掛け合いシーンを堺さんと山本さんがガチンコで演技をしています。

真田丸のキャスト石田三成。14話「大阪」

4月10日放送、視聴率17.1%
天正13年(1585年)

 

この時の石田三成の印象は、上杉景勝一行を出迎え、その席で直江兼続が信繁を紹介しますが、三成はそれを無視します。冷たい・・・言葉として表せば「冷たい」でしょう。

 

信繁の第一印象は、「人を不快にする何かを持っている」でした。

 

石田三成は関ケ原の戦いで敗れました。よって徳川時代は悪役として語られました。

 

豊臣家と共に生きてきた武将ですから当然なのでしょう。

 

第20話で~怒りに任せて無実の民を死罪にしようとする秀吉に、三成が切腹を覚悟で諫言(かんげん)します。

そのシーンを見れば、戦を無くし政治は武器でなく法を持って掌ることを信念にしていたと思います。

 

内面には熱い思いもあり民を想う官僚肌の石田三成です。

 

常に冷静に政治的な任務に徹っし自らを律しているから冷たく映るのでしょう。三成像が真田丸で変わりましたね。

真田丸のキャスト石田三成。15話「秀吉」

4月17日放送、視聴率18.3%
天正14年(1586年)のストリーです。

三成の登場シーン。遊郭にいる秀吉を見つけ職務についてもらう。秀吉の秘書ですね。

 

信繁と親し気に大谷吉継と共に酒を飲む、数少ない友と安らぎの一瞬です。大阪城の会議では、検地について応えています。

 

優秀な官僚です。

真田丸のキャスト石田三成。16話「表裏」

4月24日放送、視聴率16.9%

上杉が越後に戻ったと、三成が信繁に伝える。そして明日より殿下の家来(馬廻衆)だとも・・・

 

最後にこれからの世は殿下の許し無しで戦はできぬ。故に徳川は真田を攻めないと信繁に言うのです。

真田丸のキャスト石田三成。17話「再会」

5月1日放送、視聴率17.0%

三成は言う。殿下は徳川に対し真田討伐を認めた後にすぐに取りやめの命令を出す。

 

と・・・これも三成の策なのか??この事態は徳川の忠誠を試している場面です。

真田丸のキャスト石田三成。18話「上略」

5月8日放送、視聴率19.1%

大阪城大広間で真田親子は秀吉を待っていました。が現れたのは秀次でした。

 

そして、三成は真田の領地安堵を告げるのです。儀式ですね。それも官僚的な・・・真田はコケにされました。

真田丸のキャスト石田三成。19話「恋路」

5月15日放送、視聴率17.0%

場面は普請中の「聚楽邸」です。

 

そこには大阪城には入りきらない金銀、財宝、武具を収める蔵が並んでいるといいます。

 

茶々は「蔵ですって。また一緒に見にいきましょうね」と無邪気に言うが、秀吉は聞き逃さなかった。

 

秀吉の恐ろしさ(大日向)が伝わってきます。その時、その恐ろしい顔をしている秀吉の場面の時には三成はいません。

 

その席から離れています。それにしても大日向さんは秀吉になりきっています。

真田丸のキャスト石田三成。20話「前兆」

5月22日放送、視聴率18.7%
天正17年(1589年)

茶々が懐妊し秀吉は歓喜します。

 

三成は信繁を執務室に呼び、ご高齢の殿下にお子が授かることを、揶揄する落首があった。すぐに調べよと命令します。

 

秀吉は門番全員を磔に処した。さらに信繁の謀で門番の一人に罪をかぶらせたが、その者の親類縁者をことごとく磔にせよとの命に、

 

さすがの石田三成もこれ以上の殺生は無用でございます。と諫言する。

 

切腹を覚悟していた行動でした。この時の三成はかっこよい武将です。

大河ドラマ「真田丸」のキャスト石田三成とは?

石田三成(いしだみつなり)

永禄3年(1560年)~慶長5年10月1日(1600年11月6日)

 

安土桃山時代の武将・大名。豊臣氏の家臣、豊臣政権の五奉行の一人です。

 

関ヶ原の戦いにおける西軍側の主導者として知られています。

キャスト石田三成。秀吉時代の三成

天正10年(1582年)6月、信長が本能寺の変により横死し、次の天下人として秀吉が台頭すると、三成も秀吉の側近として次第に台頭してきます。

 

天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いでは柴田勝家軍の動向を探る偵察行動を担当し、また先駈衆として一番槍の功名をあげました。

 

天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦いにも従軍し、同年、近江国蒲生郡の検地奉行を務めました。

キャスト石田三成。秀吉死後の三成

秀吉死後、豊臣氏の家督は嫡男の豊臣秀頼が継ぎます。しかし、関東250万石の大老・徳川家康が次第に台頭してきます。

 

家康は、三成と対立関係にあった福島正則や加藤清正、黒田長政らと、豊臣氏に無断で次々と縁戚関係を結んでいくのです。

 

三成と対立関係にあった武断派の加藤清正、福島正則、黒田長政、細川忠興、浅野幸長、池田輝政、加藤嘉明の七将が、三成の大坂屋敷を襲撃する事件がおきます。
(石田三成襲撃事件)

キャスト石田三成。関ヶ原の三成

家康は諸大名を従えて会津征伐に赴きます。

 

これを東西から家康を挟撃する好機として挙兵を決意する三成です。

 

慶長5年(1600年)7月、三成は家康を排除すべく、上杉家の家老・直江兼続らと密かに挙兵の計画を図ります。

 

そして、家康に従って関東へ行こうとした大谷吉継を味方に引き込もうとします。

 

吉継は、家康と対立することは無謀であるとして初めは反対しますが、三成との友誼などもあって承諾します。

 

関ケ原の戦いでは布陣のうえでは、石田三成率いる西軍が優位に立ちますが小早川秀秋らの裏切りにあって敗北します。

 

最後は京都の六条河原で処刑されてしまいます。

大河ドラマ「真田丸」のキャスト石田三成を演じた山本耕史

山本耕史(やまもとこうじ)

生年月日:1976年10月31日
出生地:東京都新宿区
身長 179 cm
血液型 B型

 

妻は女優の堀北真希さんです。

キャスト石田三成。山本耕史の大河ドラマ

2004年、NHK大河ドラマ『新選組!』に出演しました。局長近藤勇を支え続ける土方歳三を演じ、人気を博します。

 

2000年の三谷幸喜脚本・演出のオケピ!出演時に、三谷に土方役に見初められての抜擢でした。

 

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大河ドラマ「真田丸」のキャスト石田三成は山本耕史のまとめ

歴史にあまり詳しくない方も「石田三成」の名前は存じていると思います。

 

そんな歴史上の人物も演じる役者さんによってイメージは変わりますね。

 

多分、石田三成も戦国時代は争いの無い社会を作りたかったのではないか?と思うのです。

 

法律を作って豊臣をトップに政治をまとめていく社会ですね。

 

でも、反対勢力は徳川なので法律よりも優先するのは武力だったのです。この事実は現代社会でも変わりませんね。

 

脚本家の三谷幸喜さんもそんな石田三成を描きたかったと思います。

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