青天を衝けはいよいよ明治編です。

麒麟がくる第26話「三淵の奸計」のあらすじと感想。

「麒麟がくる」感想
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麒麟がくる26話「三淵の奸計」のあらすじと感想です。

放送:10月4日(日曜夜8時)

視聴率:13.0%

足利義輝亡き後、14代将軍の座についたのは、四国・阿波にいた義栄(よしひで)でした。

しかし、重い病を抱えていた義栄は、上洛する途中の摂津国にとどまったまま、京に入れませんでした。

一方、朝倉義景は足利義昭を率いて上洛ということになりましたが、どうも義景では家臣たちや領内をまとめきれない様子です。

やはり上洛には多額の人員と費用が掛かるというのが正直なところでしょう。

そして、義景自身も一条谷の物があふれかえっている状態から察するに、それほどやる気がないということがよく分かります。

この煮え切らなさに光秀のみならず足利将軍家たちも愛想をつかし、織田信長に頼ることになるのです。

メンツをつぶされた義景は、越前の国境を兵で固めて義昭たちが越前を出ないよう働きかけます。

しかし、その後、大きな悲劇が朝倉家に襲い掛かるのです。それは後ほど・・・

麒麟がくる第26話「三淵の奸計」のあらすじ(ネタバレ)と感想

そのころの京は、足利義輝を暗殺し、義栄を将軍に担いだ三好一派が完全に掌握していました。

一方、朝廷では、義栄を推挙した関白の近衛前久が困った立場に立たされていました。

義栄の評判が悪い上に、先の関白だった二条晴良の取次で、帝が義昭の儀を許したのでした。

ところで難し言葉「奸計(かんけい)」とは「悪だくみ」という意味です。

タイトル通り「三淵藤英」は幼子を毒殺するような悪だくみをする武士であったのか?

SNS上では弟の細川藤孝の方が悪だと言う方もいます。

ともあれ、今週は義景のお子が殺されて義景の上洛意志は失われてしまいます。その意味で得した武将は誰なのか?

答えは出ましたね。

近衛VS二条。

二条家は近衛家と同じく公家の頂点にたつ摂関家です。

長年関白の地位を独占している近衛家に一方的に敵意を燃やしています。そのため、二条晴良があれこれと画策するのもやっかいでした。

※摂関家とは?

摂政・関白に任じられる家柄。近衛家、九条家、二条家、一条家、鷹司家の5家です。

麒麟がくる第26話「三淵の奸計」のあらすじと感想。義昭の元服。

永禄11年(1568年)4月。

越前では、義昭が遂に元服をはたし武士として晴れた将軍の権利を得ることになりました。

朝倉義景は義昭を奉じ、織田信長と共に上洛すると宣言するのです。

しかし、義景のこれまでの気まぐれな言動を知る光秀や三淵藤英らは、本当に上洛するのか、不安をぬぐえずにいました。

「上洛、すなわち三好一族との戦いでございます。儀式のみで将軍になれるわけではない」

こう宣言する義景のいとこ・景鏡を筆頭に、身内衆が上洛に決して賛成していないことからも、朝倉家が一枚岩でないことは明らかでした。

義昭が美濃へ。

朝倉義景が元服の儀式の取り仕切り人ということで、義昭は改めて還俗・元服をし、足利将軍家になるための準備をしたようです。

それだけ大きな世話をしたのですから、『武家の足利将軍家を正義の神輿に担ぐ旗頭』はこの朝倉家だという思いも強かったのは確かです。

その一方で、『義昭が美濃に行きたい』といったときには、「国境を兵で固めて、美濃に行くのをやめるというまで行かせるな」

といったあたりは、義景自身も将軍を『自分たちが担ぐための神輿』としか考えておらず、将軍を軽く見ていることが考えられます。

ここでも、変革の時代では由緒正しさなんて何の役にも立たず、経済力や軍事力を持った人物のほうが非常に大きく活躍できるということが分かりますね。

山崎吉家と光秀。

義昭の上洛に関して頼りになる大名は越前の朝倉、美濃・尾張の織田信長、この二大大名だけで京の三好と戦えるだろうかと光秀と左馬助が頭を悩ませていました。

そんな時に朝倉家家老の山崎が明智家を訪ねて来て、義昭の元服祝いの宴を内々で設けるので光秀にも出席して欲しいととの願いがありました。

一回は断りますが、京から一座を連れてきた伊呂波太夫が光秀に会いたがっているというのです。

朝倉義景は、『今の暮らしを続けたい』という、本当は上洛したくないというのが正直なところだったでしょう。

この点は義景の重臣であった山崎吉家も同じようでした。

ただ、『義景では一族をはじめとする重臣をまとめきれない、朝倉家には期待しないほうがいい』

ということを遠回しに指摘するあたりは、一介の浪人であった光秀をだれよりも買っていたのは山崎吉家だったのではないかとも思われます。

越前を夜逃げ同然に逃げ出そうとする光秀の家族を気遣うあたりに、その一面が出たようにも思われますね。

ただ、山崎吉家は厄介なことを持ち込んできた光秀に恨みなどはないのかとは感じています。そのあたりが描かれていなかったのが残念だとも感じました。

朝倉家の宴。

朝倉家の宴では、義景に上洛をだれよりも進めた人間が、無邪気な後継ぎであった阿君丸だったというのが最大のキーであったと思われますね。

7歳になる子供に口を慎むというのも無理があると思いますが、それが結果的には自分の破滅につながったものだと思うと、非常に胸が痛みます。

その中で一番上洛反対論を出してきたのが景鏡でした。

のちに朝倉義景を裏切ることになる景鏡であることを考えると、この時からこの2人は仲が悪かったということが分かっていいのではないかと思いました。

その一方で、越前を去って織田家を頼ろうとしているのは三淵です。

朝倉の上洛中止と足利将軍家の尾張行きを同時に成就させようと相談した相手が、山崎吉家と景鏡でした。

このあたりは、吉家と景鏡が食わせ物であるということを分からせる大きな場面でもあったと思います。

宴は義景の嫡男の阿君丸(くまきみまる)も上洛すると話し義景も上機嫌です。

でも阿君丸(くまきみまる)はまだ幼い、上洛の意味も解っていません。

朝倉家の家老と家臣たちは上洛には反対です。その後、阿君丸(くまきみまる)が毒殺され義景のやる気をそぐ展開になります。

義景の長男で後継ぎでもある阿君丸の早死にが、義景に上洛をはじめ、政治問題にもやる気をなくさせるというのは史実通りなのですけど、ここでもってくるとはね。

阿君丸の毒殺。

毒殺のシーンは本当に息をのみました。阿君丸の毒殺は軍記物で多く見ることができます。

その一例ですが、とある女性が乳母になるために授乳を担当していたもう一人の乳母を毒殺します。

その影響で阿君丸は亡くなったとも(史実だと授乳期は過ぎていたようですが)、朝倉一族が義景の世継ぎになるために、阿君丸を毒殺したことになっているようです。

阿君丸の毒殺後。

ドラマでは三淵藤英の策略に共謀した朝倉景鏡と山崎吉家によって毒殺されたということになっていました。

どうにもそのような謀略はできなさそうな三淵ですよね。

けれども、やはり京都で天皇や公家と多く触れ合ってきたということもあって、老獪な政治的駆け引きは得意ということで解釈してもよろしいでしょうか。

阿君丸の死後の義景は、阿君丸が大切に飼っていた忠太郎をじーっと見つめているなど、いかにもやる気がなくなっていることが見え見えでしたね。

阿君丸の葬儀に足利家の人々が参列して、義景のメンツもたったということでした。

織田家を頼る足利家に対し、『成り上がり物の織田がどう出るか、ここできちっと見させてもらうぞ』というようなことを言っていました。

ですが、本当はもうどうでもよくなったというのが朝倉義景の本当の気持ちだったと思います。

麒麟がくる第26話「三淵の奸計」のあらすじと感想。光秀が美濃へ。

やはり義景に将軍家を支える器量はないと見極めた光秀は、再び織田信長のもと美濃へ向かうのでした。

義昭を率いて上洛する役目を、再び信長に頼る光秀です。

[char no=”19″ char=”織田信長”]わし一人で、義昭様を京にお連れするのか![/char]

朝倉義景は三好勢と共に戦う同志たりえないと、信長に単独での上洛を訴える光秀でした。

そしてそのその言葉に信長は・・・

[char no=”19″ char=”織田信長”]まむしの言った大きな世を作るのか[/char]と手で空に大きな円を描き、決然として光秀を見つめるのです。

[char no=”19″ char=”織田信長”]足利義昭様をこの美濃にお連れせよ![/char]

相変わらず光秀は自由だなという気がしますが。とにもかくにも信長のほうが義景より突破力に優れていたということが分かると思います。

信長にとっては、守護の家臣の家臣、つまり『また者』であった自分に上洛ができるかどうか不安だったというのが正直なところだったでしょう。

ですが、光秀の『大きな世を作る』という言葉が信長を動かしていたのではないかと思われます。

その一方で、光秀は結果的に義景のメンツをつぶすことになって、恐怖があったわけではないと思われます。

ですが、すでに美濃が織田信長の支配下になって、帰るところがあるから大丈夫ではないかと思っていたのも確かだと思います。

いよいよ、光秀が飛び立つ日が来たのです。

光秀と伊呂波太夫。

光秀の最大の理解者でナビゲーターであるのが、伊呂波太夫であるということはよくわかります。

もちろん、これは光秀をかう帰蝶の伝で知り合い、足利義輝、松永久秀、斎藤道三、それに駒といった人々たちが光秀に惹かれているという現状を知っているからなのでしょう。

朝倉義景では頼りにならない、光秀自身も器量があるのに、いつまでこの越前でくすぶっているのか。そろそろ船出の時では』

と光秀にアドバイスを勧めるあたりは、伊呂波太夫もまた光秀を買っているのが分かりますね。

『船出のための船が分からない』

と光秀が言ったあたりは、一度義輝を担ごうとして挫折した無念と無力感にさいなまれているとも思います。

ですが、伊呂波大夫が『信長はやろうとすればとことんやるお方』という言葉で元気づけられ、織田信長を頼る決意をします。

太夫は言います。[char no=”15″ char=”伊呂波太夫”]光秀が考え、信長が動けば敵う者なしと。[/char]

光秀は越前に10年。もう船出の潮時だと太夫は言います。そこで太夫が光秀に進言したのです。

これは帰蝶が太夫に言ったと言います。その言葉で遂に光秀は動くのです。

この先伊呂波太夫が、光秀にどのようなアドバイスをするのかどうかわかりませんが、

本能寺の変を起こす際にも伊呂波太夫は入れ知恵をするのでしょうか?

「麒麟がくる」26話「三淵の奸計」はいかがでしたか。光秀が酔っている姿は正直好きではありません。

来週以降の光秀は義昭の幕臣となって上洛するのでしょうね。

まとめ。

阿君丸の死という大きな悲劇を持って、足利将軍家と光秀は越前から出ることができ、将軍上洛の準備が整いました。

しかしながら織田家でも、上洛反対派が多いうえに、三好勢と激突しなければならないという大きな課題が立ちはだかる様子です。

さらには久々の再会を果たした駒の怒りもあり、光秀は三好の経済力のかなめである堺の「今井宗久」に合うことになるのです。

宗久を演じるのは陣内孝則さん。

『軍師官兵衛』では戦国三大梟雄である宇喜多直家を演じた陣内さんですから、今井宗久も松永久秀と同じで、敵か味方かわからない食わせ物になりそうです。

いよいよ越前から美濃・尾張の信長を頼りに義昭が上洛します。

三好勢は松永と戦の最中です。京の守りが手薄な今が好機だと光秀は言うのです。信長は大きく息を吐き、光秀の前にどっかりと座り込みます。

さあ!いよいよ帰蝶の言葉「光秀が考え、信長が動けば敵う者なしと。」が動き出します。

「麒麟がくる」で新たな光秀像と信長像が視聴できます。ワクワクしますね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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