9月25日の放送は第37話「オンベレブンビンバ」です。意味は視聴後に解るのでしょう?

「鎌倉殿の13人」第20話「帰ってきた義経」のあらすじ(ネタバレ)と感想。

2022年鎌倉殿の13人
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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第20話は「帰ってきた義経」です。20話のあらすじ(ネタバレ)は文治3年(1187)の平泉から始まります。

京を離れた義経は、奥州へ落ち延び、傷ついた義経を温かく迎えたのは奥州の覇者・藤原秀衡です。

「お前が日の本一の英雄になった。これほど嬉しいことはない。平家を倒したのはお前だ。ようやった、九郎!!」と、満面の笑みで義経を讃える秀衡でした。

その言葉は、誰よりも義経が欲していたものであり、義経は子供のように涙したのでした。

義経が奥州に戻った事は瞬く間に頼朝の耳に入ります。

「九朗殿と秀衡殿が手を組めば強大な敵になりまするぞ」盛長の言葉に、頼朝はうなずきます。

こうなれば戦うより道がなくなることを分かっていた義時は「九朗殿、あれほど申したのに!」と憤慨するのでした。

「鎌倉殿の13人」第20話「帰ってきた義経」のあらすじ(ネタバレ)

放送:5月22日
視聴率:12.8%(▼0.4%)

自らの手を汚さずに義経を討つ命を頼朝から受け、20話からは策を巡らす義時の冷たく暗い眼差しが気になりました。

そして、善児が義時のそばにいるではありませんか。これは何を意味するのか?

さて、第20話での注目ポイントは義経と義経の関係する人々が見せた「覚悟」であると思います。

その覚悟は義経はもとより、義時が田舎の坂東武士から鎌倉の政り携わっていく出発の覚悟でもあると思います。

義経の奥州行きを知った北条義時は状況を探るため平泉行きを志願し、頼朝は義時にある「命」を言い渡します。

その命とは?

義経が奥州平泉に。

奥州へ戻った義経は、秀衡のもとで安寧な日々を過ごしていました。

百姓として田畑を耕し、里と里との間に生まれた子を可愛がり、安息の日々を送っていたのです。

しかし、秀衡が病に倒れます。

義経を大将軍に命じ、「もう少し、儂に時があったら…鎌倉に攻め込んで」不敵な笑みを浮かべたまま絶命しました。

頼朝の命。

義時は、奥州との戦いを避ける為、義経を連れ帰りたいと願い出ます。

頼朝は、それを受けますが一つ条件をつけました。

「生かして連れ帰るな」しかし、決して義時が直接手を下してはならない、と。

藤原兄弟は仲が悪いことを義時に話し、仲たがいの末藤原が義経を討つように仕向けろと話すのでした。

そして、義経を勝手に討ったことを理由に平泉に攻め込み源氏のものとする策でした。

反論することなくその策を聞く義時に頼朝は言います。

「悪どいか。悪どいよのお。この日の本から鎌倉の敵を一掃する。やらねば戦は終わらぬ。新しい世を作る為じゃ」

奥州へ向かった義時は、国衡と泰衡に面会し、義経は頼朝への謀反を企んだ大罪人だ、と伝えます。

義時の態度に、真っ向からぶつかる国衡と泰衡。その対立ぶりを目の当たりにした義時は、一計を思いつきます。

秀衡の言葉を守り、義経を擁護する泰衡の言う事を聞いていては平泉が滅びると国衡に耳打ちをしました。

その一方で、義経に会いに行きますが、義経はもう戦をするつもりはないと義時に言いました。

「もし鎌倉が奥州を攻めることがあったら、その時は鎌倉が灰になるまで戦ってみせる」との思いも。

義時は、義経のその思いを利用することにしました。

自らの手を汚さずに義経の首を取るため、話す必要のない静御前の顛末を義経に伝えたのです。

鎌倉に捕らえられ、義経と静御前の間に生まれた男児は川に沈められ、静自身は行方不明となったこと。

遊女に身をやつしたという噂を聞いたこと。

義時の思惑通り義経は怒りを抑えられず、鍬を刀に持ち替え庭の案山子に斬りかかりました。

それを見た義時は、早速泰衡に伝えるのです「義経は挙兵するつもりだ」と。

謀反の目を向けられたくなければ、義経を討ち取り、その首を鎌倉に届けるより他はない、と。

藤原国衡とは、藤原泰衡とは。

藤原 国衡(ふじわら の くにひら)は、奥州藤原氏第3代当主・藤原秀衡の長男。

藤原 泰衡(ふじわらの やすひら)は、奥州藤原氏第4代(最後)の当主で藤原秀衡の嫡男(次男)。

静御前の舞。

源氏に捕らえられていた静御前は、義経の言いつけを守り自分が静御前であることを黙っていました。

政子や大姫もなんとか静御前を逃がしてやりたいと心を配っています。

しかし、比企の妻である「道」に、静御前は分を弁えない妾だと貶められ、我慢がならずに自分は「静御前」だと名乗り出てしまいました。

静御前は稀代の白拍子。本当の静かどうかを見極めるため、頼朝らは静御前を舞わせることにしました。

「誰にも死んで欲しくない」という大姫の願いを受けた静御前は、義時の案通りわざと下手に舞いました。

「これが静御前か」「下手すぎる」義時の狙い通り、家人らが言い始めた時、ぴたりと静御前は舞うのをやめ、歌い始めます。

「しづやしづ しづのをだまきくりかえし 昔を今に なすよしもがな」と義経を恋い慕う歌を詠むのでした。

このまま黙っていれば、お腹の子も自分も無事に逃げおおせられる、それでもそれをしなかったのは、、、。

「女の覚悟でございます」政子の言葉に、皆が静まり返り、義経を恋い慕う静御前の舞を見続けるのでした。

静御前の覚悟。

石橋静河が演じる静御前は第17話「助命と宿命」で初登場しました。華麗な舞で義経を魅了し心を掴みます。

20話で静御前は頼朝に捕まり、下手な舞を披露すれば見逃されるかもしれないという義時の忠告に従っていましたが、

静御前は目を閉じ、「生きたければ、黙っていろ」という義経の言葉を思い出すのです。

しかし、静御前は義時の忠告も義経の進言にも反し、華麗な舞を披露することは静御前である証であるとすでに覚悟は決めていたのです。

政子は直感的に感じていました。「女の覚悟よ」と。

舞を終え、力強く頼朝を捉えた静の目には、義経を慕いともに暮らした日々を思いだしたのでしょう。

義経と静御前との関係性はこの舞で終了しました。

里の覚悟。

義時の策にまんまと乗せられた国衡の軍勢が、義経の館を囲みます。

「ここまでか」と覚悟を決める義経

「来たくなんかなかった。百姓なんかしたくなかった」というは、今まで黙っていた胸の内を義経に打ち明けます。

静が憎くて憎くて仕方ないこと、静を殺すつもりだったこと、郎党に襲わせたのは自分であったこと。

「兄の策ではなかったのか…」呆然と呟いた義経は、義経は冷静さを失い、咄嗟にを殺めてしまいます。

義経の正妻・里にも覚悟があったのです。

涙を浮かべながら、義経を見つめながらの表情は悲しげでした。(30分ごろ)

義時と義経が静の話をしていたそれを聞いたときから真実を打ち明ける覚悟を決めていたと思います。

静のことは憎かったと思います。でも、義経に刺された後のは穏やかな表情でした。それにしてもあまりにも切ない最期でした。

義経と義時。

義時の策を見抜いていた義経は、義時をひっそりと呼びよせます。

武蔵坊弁慶が矢面に立ち、時間を稼いでいる間、義経は義時にある話しをします。

「ここに来てから、いかに鎌倉を攻めるか色々考えた」。

子供のように目を輝かせて話す義経と、その隙の無い戦略に義時は驚きます。

「恐れりました」義時の言葉に義経は嬉しそうに笑い「ここに子細を書いておいた鎌倉に届けて欲しい。

梶原景時、あの者ならきっとこの策の見事さをわかってくれるはずだ」文を手渡すと、義時を帰らせ、義経は1人最期の時を迎えたのでした。

善児の仕事。

梶原景時の命により、善児が義時の奥州行きに同行します。

義経が畑仕事をしていた時に再会した義時は善児に、

義時:「元は百姓だったな。九郎殿のこと、どう思った。畑仕事のことは真か。私を欺いているのではないか」

と問います。

すると、善児は、

善児:「爪の間に泥がへばり付いていました。あれは百姓の手です。やっちまいましょうか。寝首をかくのは造作もないこと」と答えます。

善児の“過去”は百姓だったのですね。

善児の1番目の仕事は静御前の子。

善児の1番目の仕事は静御前が産んだ男児を連れ去ることでした。頼朝は静御前の子が男子なら由比ガ浜に・・・と義時に命令していました。

善児の2番目の仕事は義時のボディガード

義時の謀略に気づいた泰衡の異母弟・藤原頼衡が現れ、おまえの魂胆は何だ!と義時に斬り掛かかります。

すると、控えていた善児が瞬時に仕留めるのです。

見事な仕事ぶり。

善児は三谷さんのオリジナルキャストですが、20話でも怖い仕事をしていましたね。

この時代なら善児のような陰で働く人物が実際にいたのでしょう。

頼朝と義経(首樽)

後日、鎌倉に義経の首桶が届けられました。その首桶に向けて義経への労いの言葉をかける頼朝

一ノ谷、八嶋、壇ノ浦…どのようにして平家を討ち果たしたのか聞かせてくれ。

「お前の口から聞きたいのだ」と、攻めるように叫び、首桶を抱きしめ号泣する頼朝

新しい世のためには、弟も殺さねばならない。「すまぬ」心から詫び、頼朝は泣き続けるのでした。

頼朝が交わした義経との約束は?

頼朝「九郎ー、すまぬ。九郎、九郎ー」と泣き続ける頼朝。

頼朝が義経と交わした約束(言葉)はいつだったのか?

第14話「都の義仲」で義経が木曽義仲討伐へ出陣する時が兄弟最後の対話になってしまいました。

頼朝:「黄瀬川のほとりで、おまえと再会してから今日に至るまで、じっくり二人きりで話したことはなかったな。戦から戻ったら、語り尽くそうぞ」

義経:「いかにして義仲を倒したか。いかにして平家を滅ぼしたか。夜を徹して兄上にお話しする日を夢見て、九郎は戦って参ります」 と、

しかしその約束は叶わず義経の首樽だけが頼朝のもとに帰ってくるのでした。

「鎌倉殿の13人」第20話「帰ってきた義経」の感想。

いやいやいやいや!義経を殺すように命令したの頼朝ですからーー!!と、思わずTVの前で叫んでしまいました。

ひどくないですか?自分で義経を追い込んで殺しておいて「すまぬ」とか「お前の口から聞きたいのだ」とか…

主演の小栗さんではないですが「全部大泉洋が悪い!」とツッコミたくなってしまいますよね。

そうは言っても、あの時代はそれが当たり前でもあったわけですよね。

なんとも切なく痛ましい20話のエンディングでした。

静御前も黙っていれば、逃げられたのにと思いますよね。女の覚悟も分かりますが、子供のことを思うとやるせない気持ちになりますよね。

現代とのギャップが凄すぎるのですが、

登場人物の感情がリアルなので、鎌倉時代にタイムスリップして目の前で見ているような臨場感がありましたね。

第15話「足固めの儀式」に続き、第20話「帰ってきた義経」は大河史上最恐の週タイトルですね。

頼朝と共に号泣しました。あんな人間らしい大泉頼朝の姿を見ることができて良かったです。

弁慶の立ち往生も義経の自害すらも描かない、そんな描き方があるのですね。

心の底からの“よう来てくれた!”と首桶ハグを重ねる大泉頼朝の演技が素晴らしかった。

第20話「帰ってきた義経」は奥州に帰ってきた義経と、大好きな頼朝の元に首だけが鎌倉に帰れたこの話に涙がとまりません。

これが「鎌倉殿」の魅力。

三谷幸喜の予測不能なエンターテイメント大河ドラマなのだなと唸った第20話「帰ってきた義経」でした。

視聴者の感想。

まとめ。

第20話のエンディングの長澤まさみのナレーションは「文治5年6月13日、義経の首が鎌倉に届けられた」と語りました。

文治5年は(1189年)頼朝が征夷大将軍になる1192年の3年前の出来事ですね。

頼朝が今まで見せたことがないシーンです。頼朝が御所で、たった一人で、弟・義経の首と向き合っています。

義経と最後に交わした言葉はいつだったか?

頼朝はようやく、素直に思いを伝えることができるのだが、頼朝が話しかけても、義経から答えが返ってくることはありません。

「人を信じすぎる義経」と「人を信じることができない頼朝」。

共通悲願の平家打倒は成就したが、史実ではあっても虚しさだけが残る義経の最期でした。

次回は第21話「仏の眼差し」です。予告では八重の穏やかな表情が息子・金剛を抱きしめていますが、いったい何があったのでしょう。

義経の死を悲しむ家人達も多い中、頼朝は着々と上洛を目指します。

それに対して後白河上皇も何やら画策を始めている様子。一体、どの目線からみた「仏の眼差し」になるのでしょうか。楽しみですね!

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